手術と悪夢

「はい!手術終わりましたよー!」

女性の元気な声で僕は起こされた。

手術前の最後の記憶は、自分が3秒まで数えたところだった。気がつくと手術は終わっていた。

ただ一瞬で手術後までタイムスリップしたかと言えば少し違くて、ぐっすり眠った感じに近い。一瞬ではなくて、数時間経過したんだろうなという感覚は残っていた。

手術が終わって最初に気づいたこと。なんだか目の周りがカピカピで気持ち悪い。うっかりコンタクトレンズをつけたまま眠ってしまうと起きた時に大きな目やにができる事があるが、それよりも強力な目やにが目の周りを覆っている感覚がある。手術中涙を流していたのだろうか。

そして寒い。寒すぎて体の震えが止まらない。震え方も尋常ではなく、悪霊に取り憑かれたかのごとく体を震わせてる。丘にあげられた魚のようでもあった。

それを見て、周りの医師が暖かい毛布のようなものを上からかぶせてくれたが、体が温まるのにしばらく時間がかかった。

僕は手術後、ベッドに寝かされたまま、自分の病室へと運ばれた。意識はまだぼーっとしていた。

ただ、一つ気になる事があった。病室へ入るなり僕は声を絞り出して、僕を運んでくれた看護師さんにこう聞いた。

「今何時ですか?」

看護師さんは12時すぎだと答えた。僕は心の中で、ため息とともに「終わった」と呟き、落胆した。

なぜなら手術時間は当初5時間を想定されていたにも関わらず、手術は3時間程度で終わってしまっていたのだ。僕はこれは何かあったに違いない。そう思った。

お腹を開けてみて手術をせずにまたお腹を閉じた可能性を考えたのであった。

そして、”何かあった”という僕の予想は当たっていた。ただ事態は悪い方向ではなく、良い方向に転がっていた。

手術は成功し、大腸がんの十二指腸への浸潤も無かった、のである。

しばらくし病室へ入ってきた家族からそのことをはっきりと聞いた。ぼんやりとした頭の中に光が照らされたようだった。

僕は安心して、そのまま眠りについた。

——

もう少しだけ手術の詳細を話そう。その後主治医に聞いたところによると、手術が短い時間で終わったのは、どうやら十二指腸を切除する手術がなくなったからであった。結局のところ大腸がんによって肥大していた大腸が、十二指腸に接していただけで、手術ではそこをぺりぺりっと剥がす作業のみであったらしい。

まだリンパ節や肺への転移は疑われているので、諸手を挙げて喜ぶことはできないが、がんになってからというものの事態がほとんどいつも悪い方向へ転がっていく中、僕にとっては本当に良いニュースだった。

——

手術の終わった日、僕は当然ベットで寝たきり。まだ麻酔が完全に抜けていないのであろう。夢うつつの状態でベットに仰向けになるしかない。そんな状態ではあったのだが、看護師さんは本当にすごいなと思い知った日であった。

術後、寝たきりの患者の床ずれと血栓の予防、傷口の包帯の交換、痛み止めの交換、汗拭きなどなど、昼夜徹して看護師さんが僕の身の回りの世話をテキパキこなす。

圧巻は夜中のシフトである。担当看護師のMさんが他の患者さんの面倒を見ながら、その他の時間ほぼ僕に費やしてくれているんではなかろうかというくらい一人で身の回りの世話をしてくれていた。彼女のおかげで僕は夜中もあの状況で最も快適に過ごせたと思う。

手術直後が最も注意しなければいけない日だから当たり前かもしれない。だけど改めて看護師さんは医師と同等の給与貰って然るべき!と思った出来事であった。

そんなこんなで、あの状況下にしては快適に過ごせた夜だったが、一方で僕はすごく怖い夢を見た。どういう内容か覚えてはいないんだけど、怒りの感情が突如沸いてきて、目を覚ましたのだった。目を覚ました後も怒りは収まらない。初めての経験だった。

大学教授の山口先生の著書、”大学教授がガンになってわかったこと”にも似たような体験談が書かれている。恐らく初めて体にメスを入れられ、臓器を直接触られ切り刻まれた体にはすごく負荷がかかっていて、体が悲鳴をあげていたんだろう、僕はそう思っている。

手術後、涙で目の周りがカピカピになっていたのも、術中に体が泣いていたからかもしれない。

しかし実は悪夢はこれで終わりではなかったのだ。

体の叫びは夢だけで終わらず、その後現実のものとなり僕に降りかかってくることになるのであった。
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