セカンドオピニオン vs ストーマ

(このブログに登場するすべてのイニシャルは実在の人物や組織を指すものではありません。)

“肺への転移は複数個ないかもしれない。手術できるかもしれない。セカンドオピニオンを受けるべし。”

メールにはそのように書いてあった。不安でドキドキしていた胸が高鳴りはじめる。

病棟のエレベータホールですぐに叔父に電話をかけた。

電話をかけるとすぐに叔父は話し出した。

「知り合いの外科医と画像診断師に検査データを見せて話を聞いた。どうやら今の大腸がんは外科手術が第一選択になっているらしい。転移していても切除できるのであれば切除してしまう。そして画像を見てもらったが、もしかすると肺への転移は複数個はなくて、手術でとりきれるかもしれない。その画像診断師さんのいるT病院でセカンドオピニオンを受けて、抗がん剤治療か手術か決めよう。」

よかった。まだ治療法を探ることができる。さらに、T病院といえば大腸がんの手術件数でも上位に入る病院であった。僕は安心した。

叔父「あと骨盤への転移はなかった。」

僕の頭にクエスチョンマークが現れる。

叔父「いや、骨盤周りが痛いといっていたから、もしかしたらと思ってね。骨盤が痛くて病院にいったら大腸がんが見つかったんだろ?」

僕「その件で病院に行ったのは結構前の話で、多分この件とは関係ないと思います。今はそんなに痛くないですし。」

叔父「なんだ。そうか!じゃあいいのか。いや骨に転移していたら手術ができないからと心配していたんだ。」

なるほど、告知日の時に叔父が前立線炎の症状をやたらと気にしていた訳がわかった。

前立線の話はおそらく両親から話をされたのだろうが少々誤った伝わり方をしていたようだ。

そういえば、従姉妹が連絡して来てくれた時も、実は僕のがんがどこの部位かわかっていなかった。普通どこの部位のがんかは伝えるだろ、と。

そして母親や父親とがんの話をしていても、なんとなくあまり分かっていないところがあるのを常々感じていたのだ。旧態依然としたがんのイメージに支配されているというか・・・。

ここに”家族から発信されている情報がなんだかあやふやっぽくあまり理解していない疑惑”が浮上したのである。

家族のサポートはとてつもなく大きいのは変わりはないのだけど、やっぱり治療に関しては自分がしっかりしないといけない。そう強く思う出来事であった。

さて、セカンドオピニオンといってもすぐに予約が取れるわけではない。そして、そうこうしているうちに人工肛門(ストーマ)の手術日も迫って来ていたのだ。

その日、手術の予定日は1週間後に決まったのである。そして早速夕方に、ストーマ手術の説明会が設定された。

セカンドオピニオンの予約には主治医の紹介状が必要であったため、まずはそれを依頼することからはじまった。忙しい主治医を捕まえるだけでも厄介なのだが、治療に合意したあとにやっぱりセカンドオピニオンを受けます!と宣言するのも非常に心苦しい。

いずれにせよ、紹介状がないと予約できないようなので、予約は明日以降となりそうだった。

夕方、両親と一緒にストーマの手術説明を聞く為、担当外科医のK医師を待っていた。K医師にはまだこの時点ではまだお目にかかったことはない。

ストーマをつける目的は、狭窄を起こしている大腸と小腸を切り離し、小腸にストーマを接続して栄養を口からとれるようにすること。

ただ叔父の推奨は、ストーマを使わないバイパス手術であった。大腸と小腸を切り離し、がんの部分を迂回して、小腸と大腸をつなげ直す、というものである。

そうするとストーマの管理の必要もなく、かついままでとほぼ変わらない生活を送れるので負担が少ない、というもの。リーズナブルな提案だったので、バイパス手術の可能性をK医師に聞いてみようと思っていた。

ところがそのK医師、約束の時間を過ぎても一向に現れない。

夜も遅くなり、今日説明があるかどうかもわからないと思い、両親を家に帰した。

夜9時を過ぎて、やっとK医師が病室に顔を出した。どうやら緊急ではいった手術に追われてしまい時間が押してしまったようだ。

K医師は35歳前後で、ラグビー部のようながっしりとした体格の外科医だった。髪型には本人のこだわりを感じ、白衣を脱げば高級車を乗り回していそうな雰囲気のいけすかなさを感じる(私見)。

そのいけすかない(私見)K医師と、6名も入れば窮屈に感じる会議室に入った。テーブルを挟み互いに向かい合って座り、K医師は僕のがんの状態とストーマの手術の手順について、紙に書きながら説明を始めた。

わかりづらい説明ではないが、どこか面倒くささを感じさせるような口ぶりであった。

それにしても医師の言葉にはドキッとさせられるものもある。安易に楽観的なことは言わず、考えうる悪い状況もきっちり説明してくる。そして、なんだかこの医師に言われるといつもと違いムカムカしてくる。

そんなちょっとしたムカムカは顔には出さず、僕は2つの質問を彼にぶつけた。

1つめは、当然バイパス手術の可能性である。K医師の答えはこうだ。

「バイパス手術はお勧めできない。なぜなら腫瘍がなくなったあとバイパスを作った箇所の再利用ができなく、結果的に多くの大腸を切除する必要があるからだ。それはその後の クオリティオブライフを落とす。」

今考えると、上記の説明は必ずしも正しくなかった。これはセカンドオピニオンのパートでまた説明したいと思うが、この病院の姿勢と大きく関わっているように思う。

2つめ、ストーマ造設の手術の際に、腫瘍が十二指腸に浸潤しているかどうか見てもらいたい、と聞いた。腫瘍が十二指腸に浸潤していないのを確認できれば少なくとも、原発巣は切除できると思ったからだ。

ただK医師曰く、大腸の裏側にある十二指腸の状況を見ることは無理であろう、とのことだった。

K医師は説明を終えると、説明を記載した紙に僕のサインを求めた。”インフォームドコンセント”というやつだ。病院側が患者にキチンと説明しましたよ、と証明するための書類である。

インフォームドコンセントが必要なのは分かるが、すっきりした気持ちでサインする気にはなれなかった。やはりストーマ以外の選択肢はないのかという少しの落胆と、なんとなくK医師を信頼することができない自分がいたからだ。

K医師の説明から、今後の僕の大腸がんに関する外科手術は全てK医師が担当することが分かった。当然彼だけではなく、彼の所属している外科チームが治療に当たることになるのだろうとは思う。

しかし、彼の若さ(経験の少なさ)と彼の患者に対する接し方に不安を感じた。もうここは直感である。

この晩僕は、治療法が変わらなかったとしても、セカンドオピニオンを受けるT病院に転院しようと心に決めた。

翌日の朝、主治医のYさんにセカンドオピニオンを受ける旨と紹介状の作成を依頼した。表情の読めない人だけど、本当に少しだけがっかりした顔を見せた。ただ、紹介状の作成にすぐに取り掛かってくれた。僕のがん治療にすぐにとりかかりたいY医師の気持ちを改めて感じた。

紹介状を書く約束を取り付けた数時間後、母親からセカンドオピニオンの予約が取れた旨の連絡が入る。セカンドオピニオンを受け持ってくれるのはT病院のO医師。

僕はその医師を知っていた。なぜならこのO医師、よく本やウェブの記事で大腸がん治療で有名な外科医としてとりあげられる人物であったのだ。T病院だけでも大腸がん治療に関する経験は豊富なのに、その中でもO医師を引いた。何かを感じずにはいられない。

そのセカンドオピニオンは6日後に決まった。そしてそれはストーマの手術の日と同じ日。当然ストーマ造設手術は延期することになるのであった。
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