悪性腫瘍確定?

病院の消灯は9時。昨日まで普通の生活をしていた身である。9時に寝ることは不可能だ。救いだったのは、僕の入院していた病院は消灯しても、音を出さなければ各自テレビやパソコンなど自由に使えること。そして何よりWifiの完備は嬉しかった。

その日の夜早速右下腹部の痛みについて調べ始めた。その時の僕には、悪性腫瘍ではなくこれは”憩室炎だ”という証拠がどうしても必要だったのだ。その日どこまで自分を安心させられたかは覚えていない。気づいたら寝ていて、朝になっていた記憶だけ残っている。

入院後初めての朝、Y医師と共に若い女性の医師が訪ねてきた。どうやらY医師のアシスタントのようだ。研修医のような雰囲気を持つそのT医師から今後の検査日程を聞かされた。

これから先5日間ほどで、血液検査、MRIと上腹部のCT、それから最後に内視鏡の検査をやるという。内視鏡の検査の時までに右下腹部の炎症をできるだけ抑えたい、といったことも聞かされた。

検査日程を聞いた僕は狼狽えた。昨日パソコンで調べていたうろ覚えの知識から、上腹部CTとMRIをするということは、悪性腫瘍がほぼ確定していて他に転移していないか確認する検査にしか思えなかったからだ。

「何でその検査をするんですか?まだ疑いですよね?ただの憩室炎の可能性もありますよね」聞いた僕に対して、「・・・念のため、です」と歯切れ悪く返事をしたT医師。

歯切れが悪いのも仕方がないことだった。なぜならこの時点で僕の悪性腫瘍はほぼ確定していたのを、医師と看護師は知っていたから。

あとから分かったことだが、僕の腫瘍はCT画像上ですごく大きく写っていて、大きさから普通の腫瘍の確率は低いことは明白だったらしい。このあと、Y医師が憩室炎を疑う僕にCT画像を見たかどうか念を押すように聞いてきたのも、CT画像を見れば憩室炎どころの話ではないことはあきらかだったから、間接的にある程度の覚悟を持たせようとしたのかもしれない。

しかし、通常の大腸との比較対象が頭にない僕にとって、診察室で数秒間見せられた僕のCT画像に異常があるなんてわかるはずもない。更に言えば疑惑宣告時の記憶はあいまいというおまけ付きである。

さて、入院中やることは日に1つあるかないかの検査だけ。入院中の身というステータスをフル活用し、残してきた仕事は同僚にメールで指示出しするだけという殿様ぶり。もともと一人のインドア生活が好きな僕は、はやくも入院生活の自由時間を楽しみ始めていた。その大半は悪性腫瘍を否定する証拠集めに奔走していたわけだが。

そんな中、突然夕方に病室のカーテン越しに僕を呼ぶ声が聞こえた。会社の上司が来てくれた、アポなしだったのでおどろいた。

ありがたいことに、ここから彼女は週末になると必ずお見舞いに来てくれるようになる。(この時はそんなことは全く考えていなかっただろうけど。)僕は仕事のこと、悪性腫瘍の疑いがあることを話した。彼女は『きっと悪性腫瘍じゃないから大丈夫」その言葉を残して帰っていった。勇気付けられた。

とは言え、医師でない人間に悪性腫瘍ではないと言われても科学的ではない。

・・・なるほど。結局は医師に聞くのが一番良さそうだ。悪性腫瘍ではないことを確かめる方法を思いついた。

僕は、自分の主治医ではなく、匿名の医師に直接質問できるウェブ掲示板サービスを活用することにしたのだ。普段であればこういった匿名性の高い掲示板に信頼を置くことはないのだけど(まあ僕のブログも同じようなものだが)、悪性腫瘍を信じて疑わない主治医は、その時の僕にとって倒すべき相手になっていたため、他の医師(しかし匿名の)を頼らざるを得なかったし、冷静さを欠いていたのだと思う。

そして時間をかけてこれまでの経過をできるだけ正確に詳細に客観的に書き、掲示板へ投稿した。すると続々と僕の書き込みに対して返信が届いた。

その中の内容はどれもポジティブなものばかり。「その歳で大腸がんは考えにくい』「症状から見ると憩室炎が妥当」といった麻薬のように優しい答えたち。

中には「画像診断士や主治医が悪性腫瘍の疑いを認めたならその可能性は高いでしょう」というような意地悪な(至極真っ当な)答えもちらほらあったが、当然僕はそれを無視した。

“きっとこの病院の医師たちの判断が間違っている、もしくは慎重になりすぎているだけなんだ。”

僕の作戦は一定の成功を収めたらしい。

冷静に考えれば、検査結果を全く見ていない医師の意見なぞ、以前に書いた町の医師たちの診断よりも圧倒的に精度が低いに決まっている。”何かにすがりたいときもあるんだよ。人間だもの。” どこかで聞いたことのある言葉が身に沁みる出来事である。

そして当然、はりぼての幻想はその後あっさり打ち砕かれるになる。

入院5日目に内視鏡の検査を迎えたのだ。内視鏡は大腸がんの確定診断を出すにはもってこいの検査だ。実際に大腸にカメラを入れて、何なら細胞を採取して病理検査までできる。細胞を採取して直接見るんだからもうこれは間違いない。

ここ4日間何も摂取していなかった僕の大腸はすでに何も入っていなかったのだが、検査の朝、2リットルもの下剤(悪名高いニフレックだ)の飲用に挑戦した。よく大腸内視鏡で辛いと言われるこのイベントだが、僕はお腹に液体を流し込むことが得意だったのとトイレがずっと空いていたこともあって、全く問題なく完遂した。

ただニフレック自体の味はマズイということは言っておきたい。経口補水液の味に似ている、と思う。

気がかりだったのは、まだ右下腹部が痛かったこと。炎症が収まっていないということは、このまま内視鏡を入れられたらきっと痛いんじゃないか、そこがすごく気になっていた。

午前中にニフレックにまつわる一連のイベントを終え、検査室へ呼ばれるのを病室で待っていた。大腸がんではないと信じる僕であったが、緊張していた。それは明らかに初めての内視鏡に対するものではなく、今日で全てが分かるっていうことに対してのものだった。

程なく検査室に呼ばれた。何も持っていってはいけないとのことなので、メガネを外し、携帯電話や財布などの貴重品を病室のセーフティーボックスに入れ、鍵を看護師さんに渡し、検査室へと一人で向かった。

検査前、妙に覚えているのは、検査室の時計の針が1時15分くらいを指していたこと。時間よ止まれ、そんな思いからか。検査室へ入ってから内視鏡検査のためベッドに横たわるまではスムーズだったと思う。内視鏡をしてくれる医師は、北の国からの純こと、主治医のYさんだった。アシスタントのT医師も一緒だ。

ベッドの上で横向きになり、鎮静剤を打たれ、お尻に穴にゼリーを塗られる。お尻のゼリーは鎮痛剤の役目があるらしい(確か)。

「それでは#$+♪&%@」Y医師が相変わらずボソボソつぶやく。まったくしゃべりかたまで北の国からの純だ。

と、肛門に何かを差し込む感覚が少しだけある。内視鏡がお尻の穴の中に入っていったようだ。全く痛くない。

鎮静剤を打たれていたにもかかわらず、自分の目で結果を確かめたかった僕は首をくの字に曲げて、内視鏡から映し出される大腸の映像に目を凝らした。メガネの代わりにコンタクトレンズをしてこなかったことを悔やんだ。映像は何とか見えたが詳細はわからない。ピンク色した綺麗なシワシワの空洞が映し出されているのはわかった。

カメラを進めていくと、Y医師がT医師にボソボソ何かをいっている。全く聞き取れない。何かを採取しようとしているようだ。細胞の採取を2−3箇所で行い、その後あっさりと内視鏡は終わった。体感、15分くらいだろうか。

僕が見る限り、悪性腫瘍のようなものは見つからなかったが、内視鏡がお尻から引き抜かれたあと、すぐにY医師に僕は聞いた。「何か見つかりましたか?」

Y医師はハッキリと答えた。「腫瘍がありました。」

僕は聞く。「悪性ですか?」

Y医師、「見る限りでは間違いないと思います。」

愕然とした。僕の描いた幻想は北の国からの純によってあっけなく打ち砕かれたのである。
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