病室へ戻り、主治医のアシスタントであるN医師から今の十二指腸の状態を聞いた。
なるほど、謎の青色の便の正体も分かった気がする。青色の便の正体はおそらく十二指腸から流れ出ていた血である。大腸を遠ていく間に赤色の色素が抜け、黒に近い青色になったのだろう。
さて、原因の究明が終わったところでN医師がようやくその処置に動き出してくれた。
手術の前に、まずは胃の中の圧を抜く、らしい。鼻からカテーテルを挿入し注射器で胃の内容物(といっても何も食べていないのだが)を吸い取る処置だ。
鼻からカテーテルを入れるのは、口から入れるカメラよりも痛そうな印象があった。だが、確か上を向いて「あー」と声を出している間にするするするっとN医師が滑らかに滑り込ませてくれたと記憶している。
カテーテルを挿入し、いつもより大きめの注射器を鼻から外に伸びているほうのカテーテルの先につけ、ゆっくりと引いていく。みるみるうちになにか茶色液体が体の中から引っ張り出される。何も摂取していないはずなのに、一体茶色い液体はどこからでてきたのであろうか。
それと同時に自分が苦しさから解放されていくのがわかった。
数回それを繰り返し、僕は十二指腸に穴が空いているのを忘れるくらい楽になったのであった。お腹の傷の痛みなど気にならないくらい苦しみから解放されたのを覚えている。
処置が終わりしばらくすると、主治医のO医師が2人の見慣れぬ医師を連れて病室へ訪れた。緊急手術を行うということだ。
胃カメラで見た限り、十二指腸には酷い潰瘍が広範囲に渡って広がっているとのこと。その潰瘍が十二指腸に穴を空けたのだという。あまりにも急性であったため、主治医も信じられなかったらしい。手術前の胃カメラにも映らず、そして手術の時にもその兆候はなかったのだ。
十二指腸という部位は縫い合わせることができなく、可能性として、十二指腸と同時に膵臓の一部を取り去る”十二指腸膵頭切除術”を考えているという。
そう、前回の大腸がんの手術でも考慮された、消化器外科で最も難しい手術と言われるアレである。
そしてO医師が連れて来た2名の医師は何を隠そう、膵臓外科のスペシャリストである。O医師は飽くまで大腸の専門で、他の臓器の処置になると手術中バトンタッチをすることは、前回の手術の時にも説明はあった。ただ、実際に他の外科医を紹介されたのは初めてだった。
なので、おそらく僕は十二指腸と膵臓(の一部)を失う可能性が高いんだろうな、そう思い覚悟した。
O医師曰く、十二指腸と膵臓の一部を失っても普段の生活に支障がないと言っていたので、とりあえずその言葉にすがることにした。正直、ここ数日いろいろなことがありすぎて、”どこ切ってもいいからとにかくなんとかしてくれ!”というのが当時の心境だったように思う。
夜8時くらいだろうか。僕はベットに寝たまま、手術室へ運ばれた。
胃の圧が下がり、体が楽になった僕にはなんだか余裕があった。手術室に運ばれると、夜8時になるというのに手術にあたる医師が勢揃いしていた。
「急に夜遅くすみません。」と僕が言うと、医師たちは笑顔で「大丈夫ですよ、これが仕事ですから」と返してくれた。
ここ数日で2回目の手術。最初の手術のときに全身麻酔のすごさを体験している僕にとっては手術に対しての恐れはなかった。悔やまれるのは、あの麻酔に入る10カウントで、できるだけ抵抗を試みればよかった、ということだけだ。僕はまたもや3秒で暗闇の中へ堕ちていったのであった。
「手術終わりましたよー!」
またもや女性の医師の声で起こされる。前回と同様、体がこれでもかというくらい震えている。歯がガチガチと鳴っている。それこそ、ディズニー映画によく登場する吹雪で凍えるキャラクターのように歯がガチガチと鳴っているのだ。
それを見て周りの看護師さんが毛布をかけて温めてくれた。
そして僕は横たわったまま、ベットのガラガラという音とともに手術室を後にした。
ぼんやりとした意識の中、ベットを運んでいる人たちの会話を聞くに、どうやら僕はこのまま集中治療室(ICU)に運ばれるらしい。大腸がんの手術の時は、そのまま病室へ戻されたのだけど、今回の十二指腸の手術はICUに運ばれるらしい。
ICUに着くと僕は、おぼろげながらそこに家族の姿を見た。相変わらず返事もできない状態だったのけど、両親からの話を聞くにどうやら手術は成功し、十二指腸の切除もせずに済んだ、ということらしい。僕はホッとした。
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