「僕は粘液癌だったんだ!」
そう誰かに話をしても反応は薄い。
そりゃそうだ。周りの人にしてみれば、とにかく今何もなくて無事って状態が良かったって感じなんだろう。
当事者からしてみると、腺腫と粘液癌ではだいぶ違う印象なんだけど、その感覚を共有するのは難しい。
病理検査の結果を聞いた次の日、主治医であるO医師のアシスタントであるK医師が顔を出してくれた。
「病理検査の結果聞いた?良かったですね。」と、ボソッと話しかけてきた。
彼が「良かった」と言っているのは、ステージ2だったことを指しているのだけど、粘液癌のことに関しては触れてこなかった。
僕は、粘液癌は恐るるにあらず、と受け取ることにした。
大晦日には退院して、実家に戻ることができた
5日ほどの入院であった。結局、何が原因で苦しんでいたのかはわからなかった。
そういえば退院時にすごく残念だったことがある。
僕は前回の入院で十二指腸をヤッてしまったことにより、胃ろうと腸ろうと呼ばれる、2本の管がお腹から生えたままになっている。
何もなければ、その管を年末の外来時に主治医のO医師に抜いてもらう予定だった。
しかしその外来の前に、”何かが起きてしまった”ので、胃ろうと腸ろうをつけたまま再度退院することになった。
O医師と再会を果たす2月の定期検診まで管を抜くことができないことになってしまった。
この胃ろうと腸ろうだけど、生活に若干の支障をきたす。カジュアルにいえば、うざったい。
まず、お腹から2本の管がだらーっと垂れているのだが、これを医療用テープで固定しないといけない。
この医療用テープにより皮膚が痒くなるのである。
毎回貼るたびに微妙に位置を変えるのだけど、粘着物が皮膚に残って痒い。
そして、毎回お風呂に入る際、エアウォールという面の広いビニールテープのようなもので、管が生えているお腹の部分を覆う必要がある。
管はお腹からそのまま飛び出てきているので、カバーをしないとお腹にお湯が入ってしまうのだろうか、とにかく濡らしてはいけない。
お腹からそのまま生えてきている管は、針金みたいなものでお腹と管を固定してあるのだけど、こんな雑な留め方で良いのだろうかと不安になる代物なのだ。
(話はそれるが、エアテープも医療用テープも看護師さんが内緒でたくさんくれたので助かった。)
最後に、左のお腹を横にしてて眠りずらい。
管の先っぽにはプラスチックの蓋がついているのだけど、これが横っ腹にゴリゴリと当たるのだ。なので上か右にしか選択肢がないわけである。
僕は左派だったので、難儀した。
先ほどプラスチックの蓋といったが、驚くべきことに専用の蓋というわけではない。
胃ろうと腸ろうをお持ち帰りするケースというのはあまりないのであろうか、最初に退院する際、O医師のアシスタントであるK医師が何かの蓋を持ってきて、はめ込んで、「よし、ハマった。」と一言。
その1時間後くらいに、怪訝そうな顔をした看護師2名が僕の部屋を訪れ、蓋を確認し、「あー、確かにハマってるわね。」みたいなことを言って去っていた。
その程度の蓋なのだ。
なので、2度ほど小腸とつながっている管の蓋が外れて、小腸の内容物がそのまま世に出てしまったことがあった。
ほぼ吐瀉物である。
そういった感じで、2度目の退院後も1ヶ月以上、管という異物を抱えたまま過ごしたのであった。
大腸がん持ちという状態から一旦解放されたことで、こういう些細なことがうざったく感じ始めたということなのだろう。

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