幸い中の不幸

2週間で病院へとんぼ帰りした僕は、荒れた。

恥ずかしいくらい不貞腐れた。

30過ぎの大人が、注射を嫌がる子供のように、暴れた。

あの時は看護師さんに迷惑をかけたと思う。

直接罵声を浴びせた、ということはなかったけど、あきらかに不機嫌な態度。

入院に必要なセットアップをしたのち、看護師さんが病室からでていく。僕は近くにあったティッシュ箱を床へ叩きつけた。

腹立たしかったのは、個室しか空いていなくてまた個室代金1日3万5千円を支払わないといけないということもあった。

僕は不機嫌な態度のまま看護師さんに部屋の変更を要求した。不機嫌な患者対応ということで婦長さんが駆けつけた。婦長さんは最善を尽くすことを約束してくれた。

なんて嫌な患者なんだ。

次の日の朝、僕は1ヶ月で3回目の胃カメラを飲んだ。

医師たちは、十二指腸穿孔が回復した際に、十二指腸がひきつり、胃の出口を狭めてしまった、という仮説を立てていた。
胃と十二指腸のつなぎ目が狭くなったところに、大量の食べ物が入ってきて、胃が詰まってしまった、ということだ。

しかし、胃カメラの結果、そういった所見は見つからなかった。

さて、不機嫌患者の噂を聞きつけてか、胃カメラの結果がで出た後、僕の主治医であるO医師が病室へ訪れてくれた。
そのO医師からなんとも耳を疑うような言葉が飛び出た。

「いやー、よかったですね。場合によっては胃を全摘しないといけないかと思ってたんですよ。」

びっくりした僕は、その後O医師が何を話したのかいまいち覚えていない。

今思えば、正直胃を全摘するなんて大げさなわけで。

僕が暴れ倒していたから、黙らせようとしてそういうことを言ったのだと思う。

次の日の朝、僕の気持ちは幾分落ち着いていた。

婦長さんが午前中に部屋を訪ねてくれて、午後から4人部屋へ移動させてくれることになった。
昨日までの自分を思い出すとなんだか照れくさかったが、これで心はさらに落ち着いた。

窓側だったので、1日5000円の支払いは発生するのだけど、個室に比べればマシだ。

さて、実は退院して2週間後に外来で病院に赴き、正式に病理検査の結果と今後の治療方針を話すことになっていた。
入院をしていなければ、3−4日後にO医師と、今後の治療方針について話すことになっていたのだが、入院中にやってしまおうという話になった。

ステージ2となった今、術後化学療法はするのかしないのか、話の焦点はそこだろうな、と思っていた。僕個人としては、術後化学療法をする気でここ1ヶ月過ごしていたし、肺に残る小結節ががんではないと決まったわけではない。
特に何か期待したわけでもなく、特に何かに怯えるわけでもなく、ベットの上でO医師からの呼び出しを待っていた。

手術前に両親と兄と一緒に手術の方針を聞いた部屋と同じ、2畳くらいの部屋に通される。入院棟にある事務室なのだろう。

部屋に入るとO医師は僕の体調のことを気遣ってくれた。この時、僕の体調はすこぶる良く、2日前の苦しみは吹き飛んでいた。
「結局なんだったんでしょうか?うーん。」と唸るO医師。

僕は、その当時は流行っていたノロウィルスかもしれない可能性を伝えた。というのも、病院に運び込まれた日、実家に遊びに来ていた次男夫婦も見事に食中毒のような症状を呈していたのであったから。

とはいえ、ノロウイルスは体から出てしまうと症状が治まる(個人調べ)ので、今となっては原因はわからないが・・・。

O医師は僕の素人予想に、「あー、そう。」と決して冷たくない温度で反応を示したが、それ以上その件に関して話すことはなかった。

O医師は本題へと切り出した、「さて、退院する前にステージ2だってことは伝えたのですが、実は、」

僕の胸はドキッとした。

O医師「病理検査の結果、がんは漿膜下層、つまり漿膜ギリギリのところまでで進行が止まっていました。これはラッキーでした。」

※漿膜(しょうまく)= 大腸の一番外側にある膜。漿膜を超えるとつまり、大腸の外側の臓器に浸潤する可能性が高くなる。

O医師「ただ、がんが少し特殊ながんで、少しタチ悪めなんですよね。」

僕「タチ悪め?」

O医師「ムシナス(Muchinous)、粘液癌と呼ばれるもので、一般的に予後が少しだけ普通の腺腫より悪いんですよ。」

O医師が続ける。「なので、ステージ2なんですけど、術後の化学療法はやっておいたほうがいいと思うんですよね。」

僕「はい、術後化学療法に関しては、やると決めていたので問題ないです。」
と冷静に答えたものの、冷静さとは裏腹に僕の頭の中は新しい敵の出現に大混乱を起こしていた。

今すぐ部屋に戻って、粘液癌のことを調べたい!と体がそわそわし出していた。

そんな僕の混乱状態に気づくわけもなくO医師、化学療法の手続きを進めた。

O医師は外科医なので、化学療法は内科の医師に患者を引き渡すのである。

O医師はパソコンの画面に顔を向け、化学療法の先生に引き継ぐ内容を入力し始めた。僕もその画面に目を向けた。

どうやら先ずは化学療法の担当医を選ぶらしい。

O医師は、なんとその病院の化学療法の部長を指名してくれようとしているのがわかった。
(事前の僕のリサーチで病院のホームページに乗っていた、その人である。)

なんとも心強い、と思いきややはりその医師は忙しくスケジュールが空いていなかった。

そのあと、スケジュールの空いている医師を(恐らく)適当にピックアップした。少し不安になった。

その後も沈黙の中、入力している画面を見ていると、僕のがんの所見の欄に、

上行結腸がん

ステージ2

粘液癌

“リスク高”

と記載していた。

僕の胸はまたドキッとした。

さっきまで、”少し”を形容詞として乱発していたO医師が、違う医師への引き継ぎの際、”リスク高”と伝えているのである。
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