1月の中旬になり、僕は再び病院へ外来で訪れた。
化学療法の医師と初めてご対面するのだ。
事前に調べた情報だと、その医師はこの病院の「消化器内科の医師」というだけで何かしらのタイトルがあるわけではなかった。
文句があるわけではないが、主治医であるO医師も、手術で担当してくれた麻酔技師も歴戦の勇士だったので、気にはなった。
結果的には、化学療法の医師もすごくいい医師だった。
入院患者としてではなく訪れた病院はどこか新鮮で、だけど懐かしさを感じさせた。
特に玄関をくぐる際、僕はセカンドオピニオンで初めてこの病院を訪れたことを思い出した。
そう、ここから始まったんだ。そういう感覚。
入院していた頃とは違い、慣れない外来の受付をしないといけない。
受付を機械で済ませ、呼び出し用のベルを受けとる。次に、どうやら採血に行かないといけないらしい。ちなみにこれから外来に訪れるたびにまずは採血、というのがルーティンとなる。
注射は嫌いだ。だけど、入院中毎日注射を打たれていたので、もう慣れっこである。採血くらいであれば序の口。インフルエンザ予防のような筋肉注射ですらそこまで怖くはない。
採血後、程なく呼び出しのベルがけたたましくなった。
化学療法の医師からの呼び出しだ。
以前O医師からセカンドオピニオンを受けた時の向かい側の部屋に案内された。
ノックをして部屋開けると、そこには眼鏡をかけた30代半ばくらいの青年がいた。
おじさんというのには少し若すぎるが、若年というわけでもない。同い年か少し先輩かな、という感じ。
あまり目を合わせて人と話すタイプではないのは、最初の二言三言ですぐにわかった。
しかし、話し方が丁寧で内容も非常に分かりやすい医師だった。この医師H医師としよう。
この日僕はこのH医師から、術後化学療法に関しての基本的な説明を受けた。
その中で最も衝撃的だったのが、大腸がんで使われる抗がん剤は、髪の毛が抜けない、ということだった。
僕は思わず聞き返してしまった。
実は、抗がん剤=髪の毛が抜けるは世間に定着した一つのイメージで、すべての抗がん剤に当てはまるわけではない。
これは意外とみんな勘違いしているように思う、
私の友人はもう先回りして、髪の毛がなくなった時ように、帽子を購入していてくれていたくらいだ。
僕自身、事前に化学療法に関して予習してきたはずだったのだが、思い込みの力が勝っていたみたいだ。
さて、化学療法によって僕が少しだけ不安になっていた要素が、大腸癌の代表的な抗がん剤の副作用の一つである末端神経症。
大腸がん術後補助化学療法だと、僕のいた病院だと二つの選択肢があった。
一つはFOLFOX(フォルフォックス)、もう一つはXELOX (ゼロックス)というもの。
どうやら使用する複数の薬名の頭の文字をとり組み合わせ、こういったアルファベットの名前になっているらしい。
この2つはお薬の組み合わせが違う。しかし共通している薬が1つある、それが両方の名前の後ろに入っているOXというお薬。両方の治療のベースとなる薬だ。
これはOxaliplatin(オキサリプラチン)という名前の薬剤、そしてこの薬剤に共通している副作用の一つに「末端神経症」というものがある。
以前もコラムに書いたが、末端神経症には症状が二つあって、
一つめは、冷たいものに手足が触れると痺れを感じる急性のもの、それから手足の先が常にジンジンと痺れている感覚を覚える慢性のものだ。
H医師からこの末端神経症に関して説明を受けたのだが、
どうやら指先の繊細な感覚をお仕事にしているような職人さんや、楽器奏者のかたのなかには、この慢性的な痺れを嫌い、化学療法をしない、もしくは他の薬剤を使用するという選択をするらしい。
なぜなら、この慢性の痺れ、いつ治るのか誰にもわからないらしい。万が一長い期間痺れを感じる場合、職業によっては復帰することが難しいということ、なのだ。
僕の職業にはまったく関係のない話ではあったが、手足の痺れが残るっていうのはすごくいやだった。
FOLFOXか、XELOXか。選ぶのは患者自身。
どちらも ”術後化学療法においては” 効果効能は変わらないので、あとは患者のライフスタイルに合わせて選んでね、という病院のスタンス。
僕は事前に調べた情報をもとにFOLFOXにしようと思っていた。というのも、FOLFOXのほうが1回におけるオキサリプラチンの投与量が少なかったからだ。
投与量が少ないということは、末端神経症が残る確率も低くなるだろうと考えた。でもそれは間違いだった。
H医師の話によると、
FOLFOXは1回のオキサリプラチンの投与量こそ少ないが、XELOXよりも投与回数が多いので全体量はほぼ変わらないのである。
FOLFOXとXELOXどちらも、6ヶ月間の治療となるのだが、XELOXは3週間に1度の投与に対し、FOLFOXは2週間に1度の投与。
しかもFOLFOXは病院での薬の点滴投与終了後、約46時間の間持続点滴として身体に携帯型の薬の注入機をつけて生活する必要性がある。
一方、XELOXは病院での薬の点滴投与後、飲み薬を2週間飲む必要があるが、通院の頻度と注入機を携帯型の注入機をつけて生活する煩わしさを考え、
僕はXELOXを選択することにした。
とはいえ、この日はいきなり薬の投与はせず、一旦考える時間を与えられ、3日後の治療時にどちらにするか決めてくることになったのだった。

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