6日後にセカンドオピニオンの予約がとれた。それと同時に僕は少し緊張し始めた。なぜならO医師の言うことが恐らく最も真実に近いのではないか、と思ったからだ。
今いる病院を信用していないわけではないけど、大腸がん治療の経験豊富な病院の有名な外科医の言葉は僕にとっては重たい。
セカンドピニオンの前日、気晴らしに一人で外出をした。何もすることはないが、とにかく体を動かすこと、そして外の空気を吸うことを目的としていたので病院の周りをぶらぶらした。
昼間に街に繰り出すのは、およそ2週間ぶり。でも2週間以上に感じた、10年ぶりに外に出たような感覚。すごく変な感覚。これまでの人生、自分が死ぬかもしれないなんて考えたことがなかった。
でもその時は”もしかすると”という状態だし、100%の心の平穏がない。気持ちが綿あめのようにふわふわしていて、視界に入ってくるものがどこか全体的にセピア色を帯びている。月並みな言い方をすれば夢を見ているようで、現実感がない。
その夕方、会社の同僚がお見舞いに来てくれた。たった2週間ぶりなのになんだかぎこちない。病気のことは聞き辛い空気が漂う。病気のことの話をしないとなるとどうしても仕事の話になる。でもその時の僕にとって仕事の話はストレスになることに気づいた。
普通の生活に戻りたいけど戻れない状況。仕事のことはしばらく考えるのをやめよう、そう思った。
セカンドオピニオンの日。期待していないと言ったら嘘になる。でも一生懸命自分の心に湧いてくる期待を取っ払っていた。
がん告知までの執行猶予期間に、がんではない可能性を追っていた自分、その可能性が現実を前にもろくも崩れ去りどうしようもなく打ちのめされた自分、それを繰り返したくないという思いがあった。
でも、絶対にいいニュースがあった方がいいに決まってる。
家族とともに、T病院に向かうタクシーの中、なんだか喋りたくない気分だった。
ただ、恋人からもらったお守り、父親からもらったお守り、前の会社の上司からもらったお守り、全てを握りしめていた。
病院に着く。国際線の飛行機にでも乗るのかというぐらいに時間に余裕をみていた。予約時間2時間前の到着だ。
受付を済ませ呼び出し用のベルを受け取り、病院内をぶらぶらする。受付では最大50分押していると聞いていたのだが、受付を終えた10分後、院内のレストランで注文を終えた頃、呼び出し音は意外にも早くなった、待合室で待てとのこと。
2時間も余裕がありかつ50分押しているという状況だったのに、受付後すぐ呼び出されたのだ。
注文した飲み物もまだ来ていない状況だったので、家族を残しとりあえず自分だけ待合室に向かった。その道すがら2回目の呼び出し音がかかる。診察室へ入れ、とのこと。
急いで親に連絡しようとするが、なぜかここで自分はすごく焦った。携帯電話がうまく取り出せない。
やはり期待していたし、同時に不安でもあったのだ。突然のことで心の準備もできていない。
親を呼び急いで診察室に入ると、インターネットの記事で見たその人がいる。思った通り柔らかい雰囲気を持っていて話がしやすそうだ。
診察室へは6人で押しかけている。明らかに椅子が足りない。おそらくこんなに大人数で押しかける人々は少ないのであろう。O先生は、奥から椅子を取ってきてくれた。
僕は一体どこから話せばいいのか分からずもぞもぞしていた。
O医師が先に口を開く。その声は優しく力強かった。
「もう診断結果は聞いていますね?」
と僕に質問し、念のため一通り現在のガンの状態を話してくれた。
そのあと、僕は現在の治療手順についてどう思うか聞いた。
O医師の言葉から治療手順に関して否定的ではないが何か思うことがあるのを感じる。
その中で、ストーマの代わりの大腸のバイパス手術はO医師も推奨してくれた。K医師の言うように大腸を多少長く切らないといけないことにはなるが、その程度でクオリティオブライフは変わらないとのことだった。
一通り現在掲示されている治療法に関して話を終えると、O医師はつぶやくようにこう言った。
「切れると思うけどなー。」
僕の心臓が大きく動いた。
O医師は続けた。
「いや、大腸がんが十二指腸に浸潤しているかもしれないけど、浸潤している部分だけ切除すればいいだけだし、抗がん剤は効くかどうかわからないから、切除したほうがいい。」
僕の期待していた答えの一つが聞けた。
それにしても抗がん剤が効くかどうかわからないっていう言葉、いかにも外科医らしい。
もう1点気になっていたこと、肺への転移に関して質問して見た。統計上、転移しているかどうかというのは生存率に大きく関わってくる。
彼の答えは、複数個はないと思うが1つの小結節は疑いが残る、とのこと。複数個ないという点は、叔父の知り合いの画像診断師さんとも同じ見解だったので少しだけ安心した。
最後に、セカンドオピニオンを聞く前から決めていたことを話した。
「少しでも生存率をあげたいと思っています。そのためには今の病院ではなくて患者数が多く経験豊富なT病院に転院するのがいいと思っています。」
O医師は謙遜なのか戸惑ったのか、「いやーそれはわからないですが」と切り出したが、最終的には「こちらで引き受けましょう。」と言ってくれた。
ここ2週間、ずっと緊張しっぱなしで宙に浮いていた心が、初めて柔らかいソファーの上に降りてきた。そんな感覚だ。
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