翌日(術後2日目)、呼吸は相変わらず苦しかったが午後にかけて少しづつ改善されてきた。ただそれと反比例するように、次は胃がムカムカしはじめていた。よくある胃の不快感なので、その時はすぐに収まるだろうと思っていた。
歩行訓練は初日と同じく苦痛だったが午前と午後に2回行い、看護師さんから褒められた。歩行訓練は大腸の癒着を防ぎ、また回復が早くなる(はず)、そう信じていたので、すごく痛かったけど頑張れる。
術後3日目、初めて便がでた。青色の泥状の便が少々、オナラと共にお尻の穴から出てきた。
通常お腹の手術後は、看護師さんがおならがでたかどうか気にする。これは大腸がしっかり動いているかの確認のためであるらしい。僕の場合はオナラと共ににいきなり便が出た。なので大腸は非常に元気であると解釈することにした。
3日目の夕方以降、胃のムカムカはただならぬ様相を見せ始める。喉元まで胃の中から何かが逆流しはじめてきたのだった。吐き気に似た症状との戦いが始まった。
ただ実はこの胃のムカムカ、”術前”にも同じ様な症状があった。
僕は前の病院の入院時から胃のムカムカがあり、胃腸薬を処方してもらっていた。それを転院先の現病院でも手術前まで毎日飲んでいたのであった。しかし、なぜか術後にその薬が処方されなくなっていたのだった。
だから僕はその薬があれば治ると踏んだ。
僕は遅番の看護師さんに病状を訴え、薬の処方をお願いした。だが、その訴えは当直の医師によりあっさり却下された、らしい。手術直後ということもあり、どうやら安易に薬を投与したくないようである。
看護師さんは朝まで待って主治医の判断を仰ごうと言ってきたが、時間はまだ夜中の2時、僕の主治医が病院にくるまであと6時間はありそうだった。夜は長い。
その夜、胃のムカムカはキリキリとなり、はっきりとした痛みに変わっていった。そして吐き気とも戦いながらほとんど寝ずに朝を迎えた。時計を見ては朝がくるのを今か今かと待っていた。
4日目、朝7時を回ろうかという時間、想定よりも早い時間、主治医のアシスタントであるN医師が病室に顔をだしてくれた。「ああ、これで生きられる・・・。」そう思った。そう思うくらい苦しい状態に追い込まれていた。
その時には上体が揺れるほどの大きなしゃっくりが時折ではじめていて、しゃっくりによる大きな衝撃がお腹の傷に響き渡りとんでもない苦痛をもたらしていたのである。しゃっくりするたびにお腹の傷を思いっきり左右に引っ張られるような、そんな痛みだった。
N医師は看護師さんからすでに僕の容体を聞いていたのだろう。病院に着いていの一番に駆けつけてくれたらしい。髪型が少し乱れている。
とはいえ、N医師としても何かしらの対処する前に原因を探る必要がある、とのことだった。
なのでやはり安易に薬は処方してくれず、僕はもうその日は苦しみながら過ごす覚悟をした。
Dr. House(人気海外ドラマ)であれば原因の仮説段階で処置をはじめるのであるが、やはり現実は違うのだ。確かに原因がわからないければ対処しようがない。当然である。
早速、原因究明のため、その日の午前中にレントゲンと上腹部CTを撮影した。CTはともかく、レントゲンは立って撮影するため腹筋が全く使えない身としては非常に辛かった。まっすぐ立って息を止めて静止する、という動きがこんなにも辛いとは。
検査後N医師から、お昼頃に主治医とチームと一緒に検査結果を見て対応を考えると聞いた。僕はベッドでうーうーと、うなりながらその報告を待った。
そんな苦しい中でもその日は数回便の排出があった。相変わらず便は青い。なんだか何も食べてないのに排便の回数が多い。そして青色の便というのも気味が悪い。嫌な予感しかさせない。
青い便が出てるんです、と言ってもそのほかの症状に気が回っているのか看護師も医師も相手にしてくれない。
お昼を過ぎて、、、午後2時くらいだったろうか。主治医のO医師からようやく検査結果の所見がでてきた。どうやら、僕の十二指腸に穿孔(穴)がある可能性があり、その穴から胃液などが腹膜にちらばり腹膜炎を発症している可能性があるという。
O医師は「もしかしたら自分が手術中に大腸と十二指腸を剥がす際、穴を開けてしまったかもしれない。気をつけていたからそれはないと思うんだけど・・・。とりあえず一回胃カメラで状態を見てみて、治療方針を決めましょう。」と話があった。
確かにO医師が手術中に穴を開けてしまっていたら医療ミスになるのだと思うが、ここで正直に自分に非がある可能性を認めるのはなかなかできないことだとその時感心した。僕は逆にO医師を信頼できた。ミスは誰にでもあるのだ。そんなことよりもうとりあえず早く治してくれ、そう思った。
胃カメラや大腸内視鏡は、変な言い方だけど人気のある検査なので、緊急とはいえ当日の検査にはなかなか入れてもらえない。
時を刻むごとに容態が悪くなっていく僕の体。それから更に2時間ほど待機し、夕方、やっとのことで胃カメラに呼ばれた。
もうその時には熱も上がってきてしまい苦しすぎて体を起こす気力もない。胃カメラの部屋の前でベットに横たわりながら僕はいまかいまかと順番を待った。
いよいよ胃カメラの順番が来たらしい、僕はキャスター付きのベットのまま部屋に運ばれた。検査室にはN医師もいた。
胃カメラはこれで2回目。1週間程前に行なった最初の胃カメラは、鎮静剤の効力により検査中の記憶がないのであるが、この時は違った。断片的に覚えている。
真夜中のバーのように薄暗い部屋の中、検査医師が僕の喉に胃カメラを滑りこませる。その医師とN医師は僕のモニターをじっと見ている。時折喉に何かがつっかかる感触があった。我慢できるが痛いのは痛い。
N医師が携帯電話を持って、僕の視界から消えた。部屋の奥の方で誰かに何かを報告しているようであった。相手はおそらく主治医であろう。
そうこの時、検査室にいた僕以外の人々は十二指腸に穴が空いた原因を突き止めていた。
彼らが手術前に胃カメラで見た僕のピンク色の十二指腸は、今や広範囲に渡り潰瘍に侵食されていたのであった。
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