叔父の知り合いの画像診断師からのフィードバックを待つ間も、ちゃくちゃくと治療の準備は進んでいた。
この病院でいいんだっけ?という疑問は抱えつつも、一旦治療方針は合意しているし、結局治療方針は変わらないかもしれないし、一刻も早く治療しなければという主治医の意志をひしひしと感じていたこともあり、治療を止める必要性は感じていなかった。
少し時を遡るが、告知日の次の日くらいだろうか。主治医から今後の治療スケジュールを聞かされていた。まずは早い段階でCVポートを右の鎖骨らへんに埋め込み、それから、外科医の予定にもよるが、人工肛門(ストーマ)の手術を1−2週間以内に行う、とのことだった。
CVポートとは、化学療法をする際に埋め込まれることがある医療機器である。鎖骨の下あたりの皮膚に、親指の第一関節くらいの大きさのポートを埋め込む。そしてそのポートから伸びているカテーテルを心臓の近くの太い静脈に通すのである。
心臓近くの血管は、腕の血管より太いので抗がん剤をいれても血管が痛くならないらしい。確かにビーフリードのような栄養剤の点滴ですら、腕が痛くなることがある。抗がん剤だともっと痛そうだ。
CVポートは簡単な手術なので、すぐに予約が取れるとのこと。その言葉通り、丁度叔父に検査データを送った次の日、早速手術室へ招待されることになった。
僕にとって生まれて初めての手術なのである。しかも、部分麻酔なのである。正直、全身麻酔にしてもらったほうがうれしい。
手術前、なぜか車椅子に乗せられ手術室まで押されていった。僕の顔がこわばっていたのか、看護師さんから、30分くらいで終わるから大丈夫、的な励ましをもらった。30分だったらまあ我慢できるかもしれないなと少し安心した。
手術室に入る。なんと、簡単な手術をする割にはドラマで見たことある機材が勢揃いしているではないか!(多分)一気に緊張が高まる。
手術室のど真ん中にあるベッドに寝かされる。頭上には大きな可動式のモニターが備え付けられている。ベッドの周りは、これから体の中に寄生しているエイリアンを取り出すのかと思うほどの重装備で固められている。
簡単な手術って言ってたじゃん!と、もうちょっと泣きそうである。
手術室に続々と人が入ってくる。記憶にある限り、女性の看護師さん3名と30代くらいの男性の医師が1名の計4名だった。
「では準備始めますよ」看護師さんに手術着の上半身を脱がされ、顔は大きな紙のようなものでふわり覆われた。手術部位を見ることができないのは救いであった。
「それでは始めます。」医師が言う。
すると、右の胸にお好み焼きソースを塗るようなハケで(多分)、冷たい何かが無造作にぬられた。多分消毒液だろう。その後麻酔を注射された。体に力が入る、いよいよ始まるのだ・・・。
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電気メスのようなものがバチバチと音を立てている。皮膚が切られた感触がある。「体の力抜いてくださいね」何度も医師が言う。「はじめてなので緊張してます。」何度も僕は答える。ポートが埋め込まれる。ググッと何かを皮膚の中に押し込んでいる。そこまで痛くはないが嫌な感覚がある。カテーテルが血管の中を通っている感触がある。いままさに血管の中を通っていますよっていう感覚がする。鼻の穴に細い管をつっこまれたような感触を血管で体験しているとでも言えばいいのだろうか。少し痛い。僕「なんか痛いです。」医師「もう痛いのは仕方ない、慣れてもらうしかない。そのうち慣れる」な・・・慣れってことは、結局は手術後もこの鼻の穴に細い管を入れられたような感覚を心臓に近い血管でずっと感じていないといけないのか!!僕は術中に絶望した。ただ結果、そんなことは全くなく手術後は全く血管にカテーテルが入っている感触はなかった。緊張状態が全くとれない僕、それを見越してか看護師さんがもう半分終わりました、といった言葉を投げかけてくれる。ここまで体感20分くらい。あとは最後の仕上げだけだ。カテーテルを血管に通したあと、紐のようなものを鎖骨にくくりつけている感触があった。医師の指が鎖骨の裏側に入ってくる。そしてくくりつけるだけなのに医師が苦戦しているのを感じた。状況は見えなくとも、裁縫道具の針に糸を通すのがうまくいかない、それに似た苦戦の仕方であった。暖かい液体が首を伝う。おそらく自分の血。これはいやーな感じだった。
・・・
とまあ上記のようなプロセスで手術は進んでいったのだけど、縫合のときに事件は起こった。
鎖骨に紐をくくりつけ、「よし、もう少しですからね。」と医師がいい、傷口の縫合をし始めた。
皮膚と皮膚を縫い合わせる感覚が麻酔というフィルターを通して伝わってくる。気持ちが悪い。羊たちの沈黙という映画に登場する人間の皮膚で服を作る変態のことを思い出す。
医師の手が鉛筆で文字を書く時のように僕の胸の上に置かれた。おかしい。術中初めてのことである。そしてその手には力が入っているのを感じる。
「あれ?」
「んー」
「すーー」
と、医師の心の声が明らかに彼の口から漏れ聞こえてくる。不安が確信に変わった。
こいつ、困ってやがる。
そうなのだ。傷口がちっとも塞がれないのだ。縫い始めても傷口が開きすぎていて途中で縫合することができない。それを何度も繰り返しているようだ。
ちょうどカバンに物を沢山入れすぎてジッパーが最後の最後閉まらない、そんな状態に似ていた。(というのを右胸の感覚で感じていた。)
縫合を始めて20分くらい経っただろうか。縫合前の「よし、もう少しですからね」が完全に嘘と化した。
この状況を見かねてか、次の手術が詰まってしまっていたからか、急に野太い声とともに手術室にだれかが入ってきた。
「何やってるんだ、ちょっと見せてみろ」
明らかに手術している医師の上司らしき人物であった。緊張が高まる。一体何が起きているんだと。
「いや・・・ちょっと・・・」
手術をしている医師が言葉を詰まらせる。
すると上司らしき人物は僕の傷口をぐいっと指でつまみ、力強く縫合していく。正味数分のできことだ。
傷口の縫合は終わった。これで一件落着、、、ではない。
車椅子に乗せられて病室へ帰る途中、僕はとてつもない不安に襲われたのである。縫合の一つ二つできない医師に僕は心臓近くにカテーテルを通されたのか、と。
まさか簡単な手術が故、ぺーぺーにメスを握らせたのではないだろうか。
思い返せば、縫合以外のところでもモタモタしているところがあった。鎖骨に紐を結びつける作業とか!そういえば、30分で終わる手術なのに、時計を見ればもう1時間半以上経過している!!
なんだかもやもやした気分のまま病室へ着いた。そして一息つく間も無く、次男が病室へ駆け込んできた。
「メールを見たか!すぐに叔父さんに電話しろ。」
CVポートの件が頭から吹き飛んだ。
僕は叔父の知り合いの画像診断師のフィードバックが来たことを確信したからだ。そして次男の焦っている様子を見て、すごく不安になった。
「今手術から帰って来たんだからメールなんてみてるわけねーだろ!!」不安がそのまんま口からでた。
メールを見る。叔父に電話しなければ。
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